スピノザ

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その18)

第三部 感情の起源および本性について No6 ここで私自身、これまで棚上げにしてきた疑問を徹底的に考えてみることにしたい。 疑問というのは、スピノザは一方では人間精神が身体の観念である(第二部定理15証明)と言いつつ、他方では人間精神が身体を認識し…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その16)

第三部 感情の起源および本性について No4 定理6 おのおのの物は自己の及ぶかぎり自己の有に固執するように努める。 定理7 おのおのの物が自己の有に固執しようと努める努力はその物の現実的本質にほかならない。 定理8 おのおのの物が自己の有に固執し…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その15)

第三部 感情の起源および本性について No3 定理5 物は一が他を滅ぼしうる限りにおいて相反する本性を有する。言いかえればそうした物は同じ主体の中に在ることができない。 この定理は読めば意味は分かる。私が気になるのは、それは最初から気になっていた…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その14)

第三部 感情の起源および本性について No2 定理4 いかなる物も、外部の原因によってでなくては滅ぼされることができない。 スピノザの論理からすると人間精神は原因なくして自ら消滅を望むことはありえないのである。自殺者から自殺に至る原因をすべて取り除…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その13)

第三部 感情の起源および本性について No1 まだ第二部の理解は充分とは言えないが、とにかく『エチカ』全体を読み通してから、また再度考え直してみたい。このため第三部へ進むことにする。精神はさておき、少なくとも私には感情があることは確かだ。 定理1…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その12)

第二部 精神の本性および起源について No10 しかし、よく考えてみると私は概念というものについてあまり本気で考えたことがない。例えば「神」とか「人間」という概念については、まあ、いろんな人がいろんなことを言っているよね、という感じで、自分自身が…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その11)

第二部 精神の本性および起源について No9 さていよいよ「共通概念」であるが、その名称から受ける印象と異なり、私が通常考えている「概念」とはまったく別物のようだ。共通概念は人間が「非十全な認識」から「十全な認識」へ至るうえで不可欠のものである…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その10)

第二部 精神の本性および起源について No8 この第二部を読んでいるうちに、次第にスピノザの言う「人間精神」が謎めいてくるのを感じる。人間精神は身体を構成する諸個体の観念によって構成されるのだが、しかし、人間精神は自分を構成する諸個体の観念を認…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その9)

第二部 精神の本性および起源について No7 定理14~36は「非十全な観念」を扱う箇所であるが、これほど「非十全」を執拗に説明しているのは、通説を「非十全」として批判することにより、「十全な観念」に至るためであろう。すると次に提起される疑問は、人…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その8)

第二部 精神の本性および起源について No6 スピノザの公理の中には自明と思われないものもある。補助定理3の系の後に挿入された次の公理がそうだ。 公理1 ある物体が他の物体から動かされる一切の様式は、動かされる物体の本性からと同時に動かす物体の本…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その7)

第二部 精神の本性および起源について No5 この第二部は流し読みすると人間精神や記憶について奇妙な理屈を展開しているように思えるのだが、スピノザが考えていた精神や記憶は、常識とは異なるものであるから、まずは常識を捨ててかかる必要がある。定理17…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その6)

第二部 精神の本性および起源について No4 第二部は定理13と定理14の間に追加公理と補助定理が挿入されている。これらの公理・定理はスピノザ流の物理学のようであり、人間身体を論じる前に必要なのだろう。以前読んだときは煩瑣に感じられたのだが、永…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その5)

第二部 精神の本性および起源について No3 スピノザの「本質」が一体どういうものか分かりにくい。定理10備考はそのことをあらためて考えさせられる。本質は次のように定義されている。 定義2 それが与えられればある物が必然的に定立され、それが除去さ…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その4)

第二部 精神の本性および起源について No2 スピノザの定理には時として理解に苦しむものがある。だが、それはあらゆる疑問に対応するために考え抜かれた定理なのだ。そこまで考えておられるのなら、もう一切を委ねますという感じになってくる。次の定理がそ…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その3)

第二部 精神の本性および起源について 第二部はまずその読みやすさに感銘する。定義・公理・定理の一つ一つが第一部よりも理解しやすく、またそれまで疑問に思っていた用語の意味もクリアになる。例えば、第一部では「完全性」という用語が頻出するのだが、…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その2)

第一部 神について 能産的自然と所産的自然はスピノザ自身の用語であり、定理29備考にみられるのだが、直接無限様態と間接無限様態は『エチカ』にはみられない。スピノザ研究者が使う用語であろう。畠中尚志の訳注にみられる用語である。ドゥルーズや福居純…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その1)

第一部 神について 定理16 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で(言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが)生じなければならぬ。 第一部の中ではこの定理が最も重要ではないかと思う。この定理によって、実体が実…

『スピノザ「共通概念」試論』 福居純著(その4)

第四章にはドゥルーズ批判の箇所があるので、それについても触れておきたい。ドゥルーズは「共通概念」が大きく二種類に分けられるとして、<一般性の低いもの>と<一般性の高いもの>とに区別した。つまり『エチカ』第二部定理38が<一般性の最も高い共通…

『スピノザ「共通概念」試論』 福居純著(その3)

さていよいよ本題の第四章「共通概念と想像的認識」であるが、スピノザの三段階の認識観によると「想像的認識」が第一種の認識、「共通概念」が第二種の認識ということになる。ここで一つ根本的な疑問が生じてくる。スピノザによると万物は神(実体)の様態…

『スピノザ「共通概念」試論』 福居純著(その2)

本書第三章「直接無限様態と間接無限様態」もまた難解である。前の章で、「永遠」が「自己原因」から導出されることが分かったが、それでは「無限」はどうか。これは私の印象に過ぎないが、著者の説明を読んでいると、どうもスピノザは因果関係の無限遡行を…

『スピノザ「スピノザ」試論』 福居純著(その1)

ドゥルーズの『スピノザ 実践の哲学』第五章を読むことにより「共通概念」がエチカを理解するうえでいかに重要であるかが分かったので、本書を読むことにした。本書では「共通概念」の説明が第四章から始まるのだが、その前提として前の三つの章で自己原因や…

『スピノザ 実践の哲学』 ジル・ドゥルーズ著 鈴木雅大訳

ドゥルーズの本は内容を解説できるものではないし、また解説することはドゥルーズの趣旨にも背くであろう。むしろ本書の第五章により触発されたことについてとりとめもなく書いておきたい。長い間、私はスピノザの「属性」の考えがよく分からなかった。これ…