『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その9)

第二部 精神の本性および起源について No7 定理14~36は「非十全な観念」を扱う箇所であるが、これほど「非十全」を執拗に説明しているのは、通説を「非十全」として批判することにより、「十全な観念」に至るためであろう。すると次に提起される疑問は、人…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その8)

第二部 精神の本性および起源について No6 スピノザの公理の中には自明と思われないものもある。補助定理3の系の後に挿入された次の公理がそうだ。 公理1 ある物体が他の物体から動かされる一切の様式は、動かされる物体の本性からと同時に動かす物体の本…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その7)

第二部 精神の本性および起源について No5 この第二部は流し読みすると人間精神や記憶について奇妙な理屈を展開しているように思えるのだが、スピノザが考えていた精神や記憶は、常識とは異なるものであるから、まずは常識を捨ててかかる必要がある。定理17…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その6)

第二部 精神の本性および起源について No4 第二部は定理13と定理14の間に追加公理と補助定理が挿入されている。これらの公理・定理はスピノザ流の物理学のようであり、人間身体を論じる前に必要なのだろう。以前読んだときは煩瑣に感じられたのだが、永…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その5)

第二部 精神の本性および起源について No3 スピノザの「本質」が一体どういうものか分かりにくい。定理10備考はそのことをあらためて考えさせられる。本質は次のように定義されている。 定義2 それが与えられればある物が必然的に定立され、それが除去さ…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その4)

第二部 精神の本性および起源について No2 スピノザの定理には時として理解に苦しむものがある。だが、それはあらゆる疑問に対応するために考え抜かれた定理なのだ。そこまで考えておられるのなら、もう一切を委ねますという感じになってくる。次の定理がそ…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その3)

第二部 精神の本性および起源について 第二部はまずその読みやすさに感銘する。定義・公理・定理の一つ一つが第一部よりも理解しやすく、またそれまで疑問に思っていた用語の意味もクリアになる。例えば、第一部では「完全性」という用語が頻出するのだが、…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その2)

第一部 神について 能産的自然と所産的自然はスピノザ自身の用語であり、定理29備考にみられるのだが、直接無限様態と間接無限様態は『エチカ』にはみられない。スピノザ研究者が使う用語であろう。畠中尚志の訳注にみられる用語である。ドゥルーズや福居純…

『エチカ(上)』 スピノザ著 畠中尚志訳(その1)

第一部 神について 定理16 神の本性の必然性から無限に多くのものが無限に多くの仕方で(言いかえれば無限の知性によって把握されうるすべてのものが)生じなければならぬ。 第一部の中ではこの定理が最も重要ではないかと思う。この定理によって、実体が実…

『スピノザ「共通概念」試論』 福居純著(その4)

第四章にはドゥルーズ批判の箇所があるので、それについても触れておきたい。ドゥルーズは「共通概念」が大きく二種類に分けられるとして、<一般性の低いもの>と<一般性の高いもの>とに区別した。つまり『エチカ』第二部定理38が<一般性の最も高い共通…

『スピノザ「共通概念」試論』 福居純著(その3)

さていよいよ本題の第四章「共通概念と想像的認識」であるが、スピノザの三段階の認識観によると「想像的認識」が第一種の認識、「共通概念」が第二種の認識ということになる。ここで一つ根本的な疑問が生じてくる。スピノザによると万物は神(実体)の様態…

『スピノザ「共通概念」試論』 福居純著(その2)

本書第三章「直接無限様態と間接無限様態」もまた難解である。前の章で、「永遠」が「自己原因」から導出されることが分かったが、それでは「無限」はどうか。これは私の印象に過ぎないが、著者の説明を読んでいると、どうもスピノザは因果関係の無限遡行を…

『スピノザ「スピノザ」試論』 福居純著(その1)

ドゥルーズの『スピノザ 実践の哲学』第五章を読むことにより「共通概念」がエチカを理解するうえでいかに重要であるかが分かったので、本書を読むことにした。本書では「共通概念」の説明が第四章から始まるのだが、その前提として前の三つの章で自己原因や…

『スピノザ 実践の哲学』 ジル・ドゥルーズ著 鈴木雅大訳

ドゥルーズの本は内容を解説できるものではないし、また解説することはドゥルーズの趣旨にも背くであろう。むしろ本書の第五章により触発されたことについてとりとめもなく書いておきたい。長い間、私はスピノザの「属性」の考えがよく分からなかった。これ…

『純粋理性批判』 カント著 高峯一愚訳(その3)

第一部 先験的感性論専門の哲学者はカントありきで論を進めるのだが、私は素人だから直感を大事にしたい。そもそも「先験的感性論」というタイトル自体が相当アヤしいのである。現代人は概ね同じような意識観をもっている。つまり主体があって対象がある。対…

『純粋理性批判』 カント著 高峯一愚訳(その2)

緒言これもまた長い緒言(中山訳では序論)であるが、ここでのカントの主張は概ね、①カントの認識観、②アプリオリな総合判断、③純粋理性批判の領域の三つに区分できると思う。順次検討していくこととする。①カントの認識観哲学は生きている現実を考察の出発…

『純粋理性批判』 カント著 高峯一愚訳(その1)

これからカントを順次読んでいきたいと思う。参照本としてkindle版を選んだ。これは河出書房新社の「世界の大思想」シリーズの一つで、高峯一愚訳である。kindle版は用語が検索できるので便利であるが、反面頁数がなく、位置数が示されている。このため、引…