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『言語にとって美とはなにか』 吉本隆明著(その7)

第四章の表現転移論は概ね散文(小説)を主な対象として言語芸術が論じられてきたが、第五章は言語芸術の諸ジャンル(詩、物語、劇など)の生成発展が考察対象となっている。
これもまたおそろしく深遠な議論が展開されるのだが、吉本は記紀歌謡を対象として言語芸術の起源から考察しているのである。
吉本は諸ジャンルの生成発展をすべて<構成>概念によって説明しようとするのだが、この<構成>概念に吉本がいかなる意味をこめているのか表立って説明されていない。ただ、文脈からすると自然疎外と対人疎外の二つの組合せ(構成)が原初の出発点である。
つまり吉本は疎外を一括りにせずに、そこに種別性があることに言語芸術の起源をみているようだ。逆に疎外に「切れ目」がなければジャンルに区分されることはないということである。これは自己表出・指示表出とは別の第五章における新しい論理である。
図式的に言えば、自然からの疎外を呪言に、隣人からの疎外を律法に対応させ、神憑りの巫師においてはその二つが未分化であったが、土謡詩における「問答対」から叙景詩・叙事詩における「対句」へ分化発展したとみている。
つまり問答対とは、自己-隣人-自己-隣人-・・・への問答の連環であり、主題が回帰することはなく発散するので、それは個人の創作ではなく「太古の口承時代のかけあい」を反映したものと吉本は推測している。太古の時代では社会の認識が遠隔化されることなく隣人との関係として集約されているのである。これを初源的な構成単位として、対句に発展すると、自己と隣人の問答の切れ目が弱まり、個人の叙景詩・叙事詩となるのである。
そして対句のようにととのった構成の展開は、話し言葉から書き言葉への抽出を抜きには考えられないとしている。

このことは、いうまでもなく詩が、現実の<場>としての祭式行為の痕跡をうしなって、しだいに昇華してゆく過程を象徴するものである。(383頁)

そして叙景詩は自然に対するものとして自然疎外である呪言から発展したものであり、叙事詩は部族の歴史ということで対人疎外である律法から発展したものとみている。この二つは抒情詩に統合されることで、呪言・律法の痕跡が完全に消えることになる。この流れは知識層によって荷われ、別系統の土謡詩から儀式詩への流れは庶民層によって荷われたと吉本はみている。かくして原初の構成(自然疎外と対人疎外の対)は抒情詩において痕跡をとどめない自己表出へ高められるのである。

抒情詩の成立は、古代人たちが、自然にたいして、あるいはじぶん自身に対して観ずる対立の意識を、自然や部族間の人間との関係の意識なしにも、じぶんの内部でしらずしらず補償しうるまでになったことを、象徴するものであった。いまや地上の律言社会は、影のように古代人たちの内的な世界に浸潤したのである。(393頁)

このように図式化すると単純すぎて面白くもないが、これを記紀歌謡からの引用により検証しているので説得力がある。「八島国 妻枕きかねて・・・」の分析は素晴らしい。
確か『共同幻想論』における吉本のフロイト批判の骨子は、個体幻想と共同幻想の水準の違いを無視して、個体幻想としてのみ有効な精神分析を宗教や親族制度に拡大適用しているというものであった。
だが、第五章構成論を読んでいると、吉本もまた個体幻想と共同幻想の<指向変容>のような論理を展開しているように思われる。記紀歌謡の成立過程があたかも疎外による個体幻想のドラマのようにみえてくるのだ。
つまり吉本は柳田・折口説を高く評価しつつも、それが祭式における神の独り言(呪言)と記紀歌謡を地続きのように解釈していることを批判している。それはあたかもトルストイの『戦争と平和』をナポレオン戦争に還元するようなものだとしている。
吉本は記紀歌謡を祭式とは異質の上昇をとげた高度な言語芸術とみており、祭式からの抽象による問答対、問答対における切れ目の稀薄化による対句、呪言の痕跡の消失という過程をへて成立したもので、それは作家個人が生活の中から素材を抽象して作品に昇華させるのと本質的に同じ過程だとしているのである。
この「異質な上昇」が私には共同幻想と個体幻想の<指向変容>のように見える。
ただ、ここでは吉本はあくまで言語芸術に考察対象を限定しており、不用意に幻想という言葉を使っていないことに留意する必要がある。