『言語にとって美とはなにか』 吉本隆明著(その8)

吉本は記紀歌謡について、土謡詩→叙景詩・叙事詩→抒情詩の知識層による発展に対し、土謡詩→儀式詩への庶民層による発展を並置するのだが、吉本が引用する抒情詩と儀式詩を比較してみると確かに儀式詩(国見歌、酒宴歌、宮廷寿歌など)の方が抒情詩と比べて無個性であり、吉本の主張は的に当たっているように思える。
さらに、この二つの流れは「詩」から「物語」への発展の伏線になっている。
物語の発生について吉本は諸説検討したうえで、どの説も「詩」が到達した自己表出の水準からさらに「物語」へ発展しなければならない理由を明らかにしていないとしている。
吉本は発生した物語がすべて和歌(詩)を挿入していることに着目し、それらの挿入された和歌(詩)が物語の古層から突き出た露岩のようなものと見ている。
つまり「物語」は「和歌」(詩)が到達した自己表出の水準を「仮構線」として、そこを土台にして成立した言語表現(指示表出と自己表出によりはさまれた言語空間)であるとしている。
このとき、歌物語は「伊勢物語」のように抒情詩を露岩とするものと、「竹取物語」のように儀式詩を露岩とするものの二種類しかないことから、抒情詩と儀式詩の二つによって到達された自己表出の水準が物語の土台としての仮構線であるとしている。つまり抒情詩の自己表出の水準のみでは空間性がなく、指示表出へ偏倚した儀式詩の水準で補うことではじめて物語として巡遊しうる空間が成立したというわけである。
このことの傍証として、「竹取物語」における観念語の起源説話と「風土記」における地名起源説話とを比較して、「竹取物語」が観念世界を巡遊する物語として仮構線の象徴となっていることを指摘している。このあたりの洞察の深さ鋭さは折口説の穴を埋めていくものであり、物語の生成過程を幻視しているようで驚嘆する。
さらに吉本は伊勢物語と大和物語の二つの歌物語を比較し、どちらも抒情詩を露岩としているが、伊勢物語は露岩が中心となって、かろうじて在五中将という一人物に統一されることで抒情詩集から物語へ転移しているのに対し、大和物語の方は、挿入された抒情詩よりも詞書自体が説話的に拡大されたため主題が散乱していると指摘している。このランダムな構成について吉本は次のように総括している。

主題の統一と、抒情詩の露岩からの表現の上昇とは、相互に矛盾するほかなかったのである。(略)本質的な理由は、物語の言語帯が、その<仮構>線を抒情詩と儀式詩の露岩から、完全に離脱するまでは、主題と構成のあいだの二律背反をさけることはできなかったためである。(430頁)

吉本によると主題の統一がなしとげられたのは宇津保物語であり、男女の相聞関係をクモの糸のように張りめぐらせることによって物語の構成の流れが連結されたのである。吉本はこの男女の相聞による構成の連環法が、物語文学成立の本質であり、源氏物語はこの方法を引き継いだものとしている。
吉本は折口説の「恋歌」の起源が「こひ歌」であり、相手の魂をひきつけること、たま迎への歌であるとする説を引用して、次のように総括する。

いわば、叙景詩時代ではまったく自然の風物による<暗喩>としてしか表現せられなかった人間と人間との情感の関係は、抒情詩時代にはいって内在化され、物語が、成立するとともに、人間と人間との構成の関係そのものの意味を荷って登場するという経路を想定することができる。ここでは、折口のいう「魂乞ひ」とまったく対照的な意味で、<相聞>は、人間関係の地上的な構成を接続する普遍性を意味した。(略)
物語における男女の<相聞>は(略)色好み、すなわち男女の性的関係あるいは情交を意味するものではなかった。そういう云い方がゆるされるとすれば、現実社会での人間と人間のあいだの地上的関係の煉獄を、まさに折口の「魂乞ひ」がかんがえたのと逆立した意味で、普遍的に象徴するものであった。(432頁)

折口説を自分の理論的分析の道具にしてしまうこの部分は、本書の中で最もカッコいい箇所であり、言語理論などどうでもよくなってくるぐらいである。
なぜカッコいいか、それは左翼陣営の歴史的解釈でもなく、国文学者のように感情移入による解釈でもなく、自己の理論によって誰も見たことのない世界を露呈させているからである。この視線こそ、後に「世界視線」へ発展するものであろう。
それは理論と現実が融合する世界を垣間見させるものである。この本は意図的に歴史的背景を捨象している。摂関政治への移行とか律令制の崩壊などという、物語成立の背景としていかにももっともらしい説明を行っていないにも関わらず、他のいかなる説よりも吉本の解釈の方に現実を感じるのは不思議である。この頃の著作には理論における見者ランボーのような趣きがある。