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『言語にとって美とはなにか』 吉本隆明著(その11)

いよいよ最終章である。この「第7章 立場」もまた、それまで不明瞭だった自己表出・指示表出の概念が明確にされている。後出しもいいところだ。この第6章と第7章こそが本書の思想的中核である。
したがって本書は、第6章と第7章を先に読んで、第1章から読むと分かりやすいと思う。
第6章において、吉本は言語芸術においては言語表現しかなく、内容と形式は言語表現において「わかたれない全体性」であるとしている。つまり俗説のように文学とは主観的内容(作者の自己意識)が客観的形式(言語表現としての文学作品)によって表現されたものではないと明言している。主観はそれ自体で存在するのではなく、言語表現の中に位置付けられている。言語表現の中に位置付けられた主観(意識)が言語の自己表出である。

この全体性は、もしベクトルに分解すれば、言語の自己表出と指示表出とにわかれるのである。(556頁)

つまり自己表出と指示表出は実体ではなく、「もしベクトルに分解すれば」と保留された概念であり、実体は「言語表現としての文学作品」としてしか存在しないのである。
それにしても第6章における自己表出を「架橋」とする説明は誤解を招きやすい。

かれらは、いずれも、文学(芸術)の内容と形式が、表現する者と表現せられた文学(芸術)作品のあいだの<架橋>(自己表出)に根拠をもち、表現するものの現実的な存在性と社会的土台とは、この<架橋>(自己表出)を介して濾過されることによってしか、文学の内容と形式に滲入することはないということを全く了解することができなかった。(571頁)

こんな風に説明されると、また主観的内容(表現する者)と客観的形式(表現せられた文学作品)の「架橋」として自己表出が説明されているように誤解してしまう。面倒臭くなって後半部分を読み飛ばしてしまうと確かにそう誤読しかねない面もあるが、注意深く後半部分と照らして読むと、自己表出が主語となって表現者と作品を架橋しているのではないことがわかる。文学の内容と形式が、自己表出という架橋に根拠があると言っているに過ぎない。そして、表現された文学作品の中に<架橋>があり、その<架橋>を通じてしか作者の現実的な存在性と社会的土台は存在しないと言っていることが分かる。この微妙なニュアンス(区別)は、第7章においてさらに明確にされる。

わたしのかんがえでは、言語が情緒を表現しているようにみえるばあい、その理由を、心的な態度のなかの情緒性に負わせることは誤解である。おなじように言語の指示性に負わせることもできない。ただ言語の自己表出性に負わせることができるだけである。自己表出性たるや、ひとつの架橋(Brücke)だから、言語と心的な態度の両端にまたがり、そのどちらにも足をかけているようにみえるが、ひとたび表現芸術である作品をかんがえるばあいは、心的な態度と表出された言語とのあいだのかけ橋とかんがえるよりも表現された言語のもつ構造とみたほうがいいのである。(576頁)

つまり、悲しい自己意識が、「悲しい」という言葉で悲しい気持を表出しているのでもなく、また悲しい気持を指し示しているのでもない。「悲しい」という言葉の中に悲しい意識を自己表出として位置付けているのである。ここで初めて主語として「自己表出性」という言葉がでてくる。つまり吉本にとって自己表出とは複合助詞であり、~性としてしか主語にはならないのだ。吉本は常に「意識の自己表出として」というような言い方をしており、単独で「自己表出」という場合は、意識との関わりではなく「言語の自己表出」「自己表出のつみかさなり」というように、言語の構造的側面や歴史的側面を説明する場合に限られている。つまり意識との関係では、自己表出の「自己」は主語にならない。これは注目すべきことだ。
そして本章で吉本は自己表出が言語表現の構造であることを明確にしている。言語表現こそが実体であり、自己意識と指示対象は構造の関係項にすぎず、両者の<架橋>である自己表出が言語内の関係それ自体であるのだ。
これほど重要な主張を最後にもってきたのは、やはり当時としてはあまりにも斬新すぎるからだろう。意識を言語内部の構造的相関項としてしまうところはラカンを思わせる。だから、吉本も「ひとたび表現芸術である作品をかんがえるばあいは」と限定的な含みを持たせている。この辺りは解釈が分かれるかもしれないが、吉本が時代に先駆けて一歩踏み出しているのは確かである。

思えば1960年と70年安保闘争のちょうど中間にあたる65年に公刊されたこの分厚い著書は異様な本である。政治情況への言及が一切なく、ただひたすら言語・文学の考察に徹底している。このような本に当時の若者が熱中したのはなぜだろうか。
それは文学の考察を徹底させることが同時に現実社会の洞察に繋がることを雄弁に示しているからである。例えば王朝文学における男女の「相聞」が物語世界の本質であるとする洞察が、『共同幻想論』における対幻想の重視に繋がったことは間違いないだろう。戦後表出史論も、文芸評論家の趣味的な考察とは一線を画すものであり、言及されない戦後社会が表象ではなく現実として露呈している。語らずして語るという趣きがあり、社会を総体として把握するうえでの理論的洞察の有効性が示されている。
これは大きな物語が消失した現代からみるとある懐かしさを感じさせるものであるが、吉本思想における視線の単独性はいつまでも古びることはないだろう。
哲学を現実を解読するための道具と捉えるならば、これほど役に立たない道具はない。マルクス経済学が凋落したのは旧ソ連崩壊が原因ではない。世界を受動的にとらえ、それを分析するためのツールとしてマルクスを捉えていたからだ。私が哲学を絶対的に肯定するのは、それが道具ではなく新たな現実を産み出すからである。(終)